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日米同じ発想もあるがアメリカのほうがどぎつい
別のページで「日米の発想は正反対」ということを書いたが、同じ発想をする場合も結構ある。
ちょっとひざ小僧をぶつけたり、指をドアに挟んだりということはよくあるが、そのような場合に日本語では「痛(いたッ)」
と言ったり、「痛て(いてっ)」と言ったりする。
つまり、「痛い」というよりも短い瞬間的なことなのでそれに合わせた訳ではなかろうが「いたい」と言い切らずに
「いたっ」でとめてしまうためだと思う。
アメリカ人は「Ouch」(あうち)と言う。「Pain」(ペイン)とか「ぺ」とは省略しない。全く別の言葉である。
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失敗したり、だまされたり、勝負で負けた時などは「くそ!」とか「くそーっ!」とか言うが、この場合はアメリカ人でも
「Shit!」(くそ、糞)と言う。この場合の発想は同じである。
ちなみにドイツ人は「シャイセ」(くそ、糞)と言うが、全く同じ発想から来ている。
ちょっと違うところはアメリカ人の場合は「Oh, Shit」とも言う。
「Oh」を付けてより表現を強めている。日本語の場合は「おお、くそー」とは言わない。
語気を強めるとすれば「くっ、そっおー」とか言葉を区切って声も大きく発音することが多い。
「Oh」のついでに「Oh, My God」(オー、マイゴット)という言葉をアメリカ人は連発する。
直訳をするならば「おお、神よ!」となる。
この「Oh, my God」も良い意味で使われることはない。
大失敗をしたときにとっさに出る言葉として Oh, Shit もあれば、Oh, my God もある。
どちらかと言うと Oh, my God は、例えば自動車事故を自分で起こした時などは Shit の次に使われることが多い。
強いて言うならば「なんてこった!」というような場面でも使う。
又、他人の事故を見てそれが余りにもひどい惨状の時などにも Oh, my God を発するが、このときの Oh, my God は
「ああ、神様なんてことでしょう」というような意味合いの他人の不幸に同情したり、哀れむときなどにも使う。
日本語では他人の事故を見たときなどは「ああ、こりゃひどい」とか「かわいそうに」とかと言うが「ああ、神様」
などという人は余りというかほとんどいないであろう。
失敗した時の「くそー」の発想は同じでも、Oh, my God の発想は日本語にはないと言える。
それから、アメリカでは女性でも平気で人前でこの「Shit」を連発する。大和撫子(やまとなでしこ)が人前で何か失敗を
したからと言って「くそー」とは言わないと思う。この辺が国民性というか日本女性の奥ゆかしさとも言える。
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失敗をして「くそー」とか「Shit」と言うことはあるが、更に激情するとよく耳にする言葉が「Fu●k」である。
「Oh, fu●k」とも言う。基本的に「Fu●k」と「おま●こ」は同意語(使用目的が同じ)だが、Fu●kは以下のような場合にも
多用される。
日本語ならさしずめ「おま●こ」に相当する言葉であるが、さすがのサムライ日本人でも日常の会話、
会社の中とかレストランの中とかで何か気に入らないことがあっても「おま●こ」などとは言わないが、
アメリカ人は人前で平気でこの言葉を使う。
女性でも人前で言うので始末が悪い。一体どのような教育を受けてきたのか、どのような家庭で育ったのか、
又、中流以上の家庭で育ったとすれば、本人はどのような育ち方をしたのかを疑いたくなる。
この「Fu●k」は「くそー」の語気を荒げる時に使うが、「Fu●king …」と後に名詞を付けて、「Fu●king mistake」
(くそったれ間違い)とか 「… junk car」(くそったれおんぼろ車)とか、果ては「… Smith」
(くそったれスミス(人の名前)が)とかと言う。
ちょっとしたことで頭に来ただけで「Oh, Shit」と「Fu●k」つまり、「くそー」と「おま●こ」の連発だから聞いている
ほうが気分が悪くなる。
女性(並の育ちの場合)でも平気で言うところが日本とは大違いと言える。一体どういう神経をしているのか疑いたくなるの
である。
他人に喧嘩を売る場合は「Fu●k you」と言えばすぐ喧嘩ができる。
日本語ならさしずめ「てめえ、この野郎」という言葉がこれに相当すると思うが、日本語で「このおま●こ野郎」と
言えば喧嘩が売れるであろうか? ぴんと来ないでしょう。
テレビ等では番組中にこの二つの言葉が出ないように「ピー」という音をかぶせてしまうことが多い。
映画をテレビで放映するときなどはそのままのケースが多いが・・・
アルファベット26文字で全部を表現しなければならないのでこのように同じ言葉を「使いまわし」しなければならず表現も単純に
なるのだと思う。
それにしても汚い言葉を平気で使う人が多いのには驚く。
まあ、ニューヨークのような都会で上品に生活をしろというほうが無理というもの、人種も違い、育ちも、常識もちがう人間が
一緒に住んでいるわけで、最初は気品高く生活しようと思っていても周りの雑音に影響を受けてしまいいつしか自分も
そのような雑音に慣れる生き方をしたほうが摩擦が減るというものである。
言葉のなまり(アクセント)と同じで、いつしか段々と同じになってしまう。
元は、赤や黄色や青や紫の綺麗な花がたくさん咲いていた花園であったろうが、それらの色が混じってしまうと最後は真っ黒になって
しまい、ブラックホールの如く闇の世界に近づいていく。
ニューヨーク市内の交通マナーなどはすでにブラックホール状態と言っても良い程度に極度に低下している。
これはタクシーのマナー
の悪さがその足をブラックホールに引きずりこむ役目をしていると言っても良い。
タクシーは急ぐからスピードを出す。と言ってもお客さんを目的地に早く届けるためではなく、今の客をより速く降ろして
次の客を取るという運転手の都合があるのだ。
「そう?」と思う人は「ゆっくり行ってくれ」と言ってみよう。
ゆっくり行くタクシーなど1台もないと言ってよい。
スピードを出すから危険運転にもなることが多い。割り込みは日常茶飯事。
一般車でもそれにムカつく運転手が乱暴運転を始める。
後ろの車が路肩を走って行って前に割り込む。それを見ている他の車が真似をする。それがどんどん広がっていく。
「悪循環の連鎖反応」と言える。行き着く先は「無秩序」世界となる。
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