親父狩りだの援助交際だのいやな世の中になったものだ。 一体誰がそうしたのか?
政治が悪いのか、学校の教育が悪いのか、親が悪いのか。
多分その全部が多少の片棒を分担して担いでいると思う。
政治は昔から似たりよったり、大した政治家は数えるしか出ていない。 その少ない大した政治家だけでは世の中そうは
良くすることにも限界があったろう。
責任の分担の一番多いのが「親」だと思う。 昔の親は威厳があった。家の中でも一家の大黒柱としての地位があった。
それも当然で父親が稼いで一家を養っているのだから。
学校はその親の後押しがあったから、後押しでなければ黙認かもしれないが、教育以外にもしつけも学校がしてくれた。
教師の話を聞かなかったり、クラスの授業の妨害をするような生徒には遠慮なくビンタが飛び、教室内では黒板消しが
UFOのごとく飛んだこともあった。チョークは弾丸のごとく飛んだのである。 すべて教壇から教室側に飛んだものだった。
それらビンタやUFOのお陰でかなりの数の生徒が道を踏み外すことなく留まっていた。
それがいつの頃からかなくなってしまったのだ。元はと言えば都会の学校のPTAが教師に文句を言ったりしたところから始まっている。
田舎は保守的だから教師との相性は良かったが良くも悪くも東京の影響は全国に伝播してしまう。
40数年前を思い起こすに小学、中学の時代にクラスの女子生徒の中で「友達になりたいな」と想った女の子が3−4人いた。
最初の娘(こ)は確か小学3-4年の頃だと思う。 しばらくして自分が転校になったのでそれで終わってしまった。次は小学5−6年の
頃だと思う。「友達になりたいな」と想いを寄せる娘が一人出てきた。
自分は異性に対しては非常に晩生(おくて)であったと思っている。男兄弟の中で育ったせいかも知れない。
女生徒と会話をした記憶がない。 まさか?と思うかもしれないが、そうなのだ。
男とは普通に付き合えるが女生徒となると全くと言って良いほど会話がなくなってしまう。
3番目は多分中学1年の頃と思う。 朝学校に行くと、と言ってもいつも
始業時間ぎりぎりに行くことが多かった。 遅刻はしなかったがせいぜい始業時間の5-10分前に教室に入るのが普通だった。
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