管理人の三分間メモ
経験談を主体に書いています





初めに・・・
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岩魚の生態
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すっぽん大将、サスマタ
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管理釣り場
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危険な冬の釣り
小鳥を飼う
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淡い初恋の話
喧嘩したことない、の話
30年前のパソコンの話
楽しみな山菜狩り
本格的な愛鳥用鳥小屋
日曜大工で鳥巣箱を作ろう
繁殖用鳥小屋(箱)の作り方




初めて海外旅行
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鷹を飼う
なんでも反対、日米
アメリカが大国になれた訳
アメ車と日本車の棲み分け
SUSHI & SASHIMI
一番安い昼飯、中華
英語の発音-日本語と逆
オバマ大統領
大統領就任式はきつい
ケネディー家のその後
ニューヨーク州と
    ニュージャージー州

鹿肉とBSE
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庭は子供の遊び場にあらず
自家用機を飛ばそう
    フライトシミュレーターの話
ああ、勘違いハムスター
お尋ね者捜査官NYC
時差ボケ未然防止策
アメリカ人の世界観
「FU●K」を連発アメリカ人
国家試験=ドイツの釣り
70兆円どこに消える?


ヒスパニック・パワー
規則、規則のドイツ
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世界へ羽ばたけ、若者達よ
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格安チケット販売会社との出会い

今ではLCC(Low Cost Carrier)もたくさん出てきて安く気軽に海外旅行ができる有り難い時代になりました。
歳がばれますが今から30年数年前の私が20代の半ば頃には東京からアメリカ西海岸1週間の旅行をするには格安チケットを買っても月給の 4倍ほどのチケット代が必要であり、ホテルや車その他の費用を含めると50万円、月給の7ヶ月分ほどの金が必要となる時代でした。
今でも1週間の海外旅行で50万円は決して簡単に行ける旅行ではない。


最初の海外旅行は24歳のころで会社の同僚に誘われて台湾に行ったときです。
なぜ台湾かと言うと、当時JALの子会社で働いていたため日本国内のチケットは1年に1回無料券がもらえる制度があった為です。 その他半額で購入できる制度もありました。言うまでも無く無償券は空席待ちが原則、半額券は予約ができました。マイレージのマの字 もない時代の話です。
盆暮れに北海道に帰る者、九州の田舎に帰るものと社員が利用していましたが同僚も私も群馬の出身でチケットを使うことが なくほとんど 毎年無利用で権利を捨てていました。その同僚が「我々もただ券を使わなきゃ損だ」と言い出し「別に行きたいところもない」 という私の返答に対して「なら、外国旅行に行こう」と言い出し一番近い外国として台湾を選んだものでした。
「沖縄までただ券で行けばあとは知れている」という同僚の声に賛同して最初の旅行が台湾になりました。
当時日中国交回復直後で中国ブームが起きていましたので「これからは中国」ということで私は独学で中国語の勉強をしていましたので 同僚の誘いに乗りました。早い話が自分の中国語がどのくらい通じるか試すための旅行でした。
台湾に先に行ってしまったためか私は今でも台湾擁護派です。 
中国の歴史の偉大さとバカバカしさ(万里の長城)には一目置くとしても、その国を操る中国共産党は大嫌い人間です。
今の尖閣の問題も起こるべくして起こった問題であり、中国共産党の邪心には警戒が必要と考える。
ト(漢字なし)小平副主席が生きていた頃はそれほど嫌いでも無かったが、彼の死去後は中国が嫌いになりました。(笑)
1990年代以降は経済活動(極端な人件費の安さ)やマーケットの大きさからたくさんの日本の会社が中国での生産や販売に力を入れているのが現実。 大変ご苦労があるだろうと思います。
2012年だったか「世界第二位の経済大国」に躍り出た中国ですが、日本の15倍もの人口を抱えてやっと日本のGDPを抜いたからと 言って別に驚くに値しません。国民一人当たりの生産性はいまだ日本の10分の1以下ですから。
それだけのみならず、共産党に扇動されて反日暴動を起こすわ、破壊活動をするわ、というのは民意の次元の低さを如実に現して います。まだまだ開発途上国と言えます。しかし、他の開発途上国のほうが暴動や破壊活動をしないだけでも中国よりは民意が 高い国がたくさん有ります。まあ、頭数だけの国と言っても良いかもしれません。でも、その頭数が問題にもなるので始末が 悪い。この先の地球規模の食糧難、エネルギー不足、環境問題にに大きな影響を及ぼすからです。

その後東南アジア(シンガポール、香港)にも行きましたが香港では北京語が通じず幻滅しました。


台湾には行ったが「近い外国があと二つ」有ると同僚は言って、行っていたが私は同行しなかった。
韓国とフィリッピンである。
韓国は当時の朴大統領の独裁政治が嫌いであり一度も行く気すら起きなかった。同僚はその後何度も行ったと聞いていたが。
竹島の問題も今に続き更に悪化している。
中国も韓国も先の大戦以前の歴史認識(まあ、両国が歴史認識を誤解しているのを正すのが歴史認識の第一歩であるが)による「被害妄想」が 今でも続いているのと、今後も消え去ることはないと思える。
多少でも譲歩しようものなら付け込んで来るのが中国と韓国である。
その反面、ある日突然戦争を仕掛けられたアメリカ合衆国はどうだろう。中国や韓国と同じレベルであれば反日暴動や破壊活動が 起こっても全く不思議はない。あれだけ自由の国だから騒ぐのは中国よりも簡単にできる。でも、しない。
なぜだろう?
破壊や暴力からは何も良い結果は得られないということを知っているのである。
それが先進国と言われる所以でもあるし、国民の民意が高い、教育が進んでいるためである。この場合の教育とは中国や韓国で 反日教育と違い「自由教育」である。この自由教育から国民一人一人が「自分で考え、行動をする」知識も常識も生まれてくる。
中国や韓国は日本の戦前というか日本が80年ほど前にやっていたような思想教育を21世紀になってもやっているヒジョーに遅れている 国である。
書きたいことはまだまだあるが切りがないのでこの辺で止めよう。

日本は毅然(口先の毅然では無く)とした態度でこの両国に対応していく必要がある。
両国に歴史認識を正させるためには更なる軍備増強を図る必要がある。これはアメリカ合衆国の軍備に通ずるものがある。
軍事大国にならないと自国を守ることが危うくなるためである。
我々日常生活の観点から言えば戸締りはきちん(海上防衛)とし、家には鍵を掛け(防衛装備の充実)、それでも心配な場合は塀(ミサイル防衛) をめぐらす、ということである。
持つのと、使うのでは違う。日本が再度戦争をすることはまず無いと言える。が、軍備が弱いと近隣諸国からなめられる。
日本は巨象にならなければならない。軍備は拡張しても抑止力としての軍備は必要である。
でないと、中国、韓国のハイエナ思想を払拭することは出来ない。
フィリッピンとの関係は今では良好であるが、当時のマルコス大統領の独裁政治に不満があったのでこの国にも足は向かなかった。

前置きが長くなってしまった・・・

当時英語も同様に勉強していた。
「英語もどのくらい通じるか行って見るか?」と思い立ったのが西海岸でした。
ハワイやグアム、サイパンという手も無かったわけではないが「どうせ行くなら本土だ」と決めた。
そしてロスアンゼルス、サンフランシスコ、ハワイと1週間の旅を計画した。

今から35年ほど前の25,26歳の頃にカルフォルニア一人旅に出たときに格安チケットを夕刊フジの広告で知り買うことにした。
当時の月給は確か7,8万円くらいではなかったかと思う。
その月給で25万円のチケット(チケットだけでホテルも何も付いていないもの)を購入するのは勇気の要ることであった。
現在であればホテル代込みでも20万円以下で行って来れる。月給の一ヶ月分もあれば充分な時代となった。
始めに書いたが当時は東京からアメリカ西海岸1週間の旅行をするには格安チケットを買っても月給の 4倍ほどのチケット代が必要であり、ホテルや車その他の費用を含めると50万円、月給の7ヶ月分ほどの金が必要となる時代でした。

ある日、新宿の某所(住所は忘れました)に会社が有ったのでそこにチケットを取りに行った。
場所はマンションの建物だった。
会社と言うのは事務所ビル内にあるものと思い込んでいた自分としては多少の不安も感じたが「別にチケットをもらえれば良いのだ!」と 割り切ってチャイムを押した。 
中に入るとそこは二部屋ほどの事務所だった。その他にも部屋が有ったかどうかは覚えていないが・・・
そこに居たのは女性一人とヒゲをはやした男性一人の二人の会社でした。
「大丈夫かな?」とは思ったが金を払ってチケットを受け取りました。
当時、「金は前払いで、チケットは成田空港渡し」とかいうもう少し安いチケットも有りましたが、成田に行ったところ会社の人が 現れない詐欺も流行っていたので多少高くてもチケットと交換の会社を選んだものだった。

で、その事務所に居た男性が今では飛ぶ鳥も落とす勢いの澤田社長でありました。
HISのHは澤田氏の名前の一文字「秀」からとり当時は「秀インターナショナル」という名前でした。
物事には最初があるわけで、この秀インターナショナルで最初のチケットを買ってから色々なチケットを買ったが30年以上も 外国で暮らすことになるとはその当時は思っても見なかったことである。

わずか25年かそこらでこれだけの大きな会社にするとは、今でもビジネスの才能の有る人は違うと思います。
ネットでは澤田社長の資産は250億円とか出ていたが…。30年で250億円か…。平均すると毎年8億円ずつ資産を 増やしたことになる。日産のゴーン社長の年収が8億円とかニュースなったのは1-2年前の話だが、さすがのゴーンさんも それを30年以上続けることができるかどうか。

サラリーマンをやっていたのではこのような成功は誰でも夢物語で終わってしまうだろう。
「脱サラリーマン」は言われて古い言葉であるがそのとおりである。
私は55歳で「脱サラ」をした。 ちょっと遅かったかな? とも思ったが、「人生80年は現役」 の現在の社会ではまだまだ先は長い。

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