管理人の三分間メモ
経験談を主体に書いています





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楽しみな山菜狩り
本格的な愛鳥用鳥小屋
日曜大工で鳥巣箱を作ろう
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鷹を飼う
なんでも反対、日米
アメリカが大国になれた訳
アメ車と日本車の棲み分け
SUSHI & SASHIMI
一番安い昼飯、中華
英語の発音-日本語と逆
オバマ大統領
大統領就任式はきつい
ケネディー家のその後
ニューヨーク州と
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「FU●K」を連発アメリカ人
国家試験=ドイツの釣り
70兆円どこに消える?


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石原都知事、アホな記者の質問にブチ切れ



ナイトドライブNYC







 


ジェットストリームと城達也

1967年から40年以上続いている番組だから息の長い番組であり、ファンも老人(失礼)から現代の若者(中、高、大学生)まで たくさんのファンがいると思う。
現在定年退職を迎えているいわゆる「団塊の世代」の皆さんは孫がいても全然おかしくない年代であろう。そのような人々が 青春時代を過ごしていた頃からある番組である。
私が初めてこの番組を知ったときは望星高校講座(ラジオ通信教育)という言葉が頭にこびりついているがこれはもしかしたら 記憶違いかもしれない。  


 
当初はFM東海というラジオ局だったらしいが余りハッキリは覚えていない。 すぐにFM東京という名前になってから長いこと続く。
平日の深夜から始まる番組でかなり厳しい時間帯であるため毎日聞くわけにはいかなかった。
私が聞き始めたのは1970年頃からだと思うので割と早い段階から聞いていたことになる。
東京オリンピック当時(1964年)は戦後20年弱で復興は完全に終わっていた頃だが、高度経済成長を始めるにはまだ 数年を残していたと思う。
1960年に池田隼人首相が「所得倍増計画」をぶち上げ、国民総生産(GNP)は6年後の1967年に2倍になり、1967年には 実質国民所得が2倍になったと言われている。
 

その頃から高度経済成長も顕著となり給料は「ベースアップ」と称する加算が30%、50%という年もあり、2-3年で給料が 2倍になるということも珍しくなかった。(もっとも最初の給料が超低賃金でもあったが)
大卒男子の初任給は1965年では24,000円(24万円ではないので念のため)でしかなかったが、10年後の1975年には 約4倍(3.8倍)の91,000円になっていた。
更に10年後の1985年には141,000円になっていた。日本経済の「黄金期」と言っても過言ではないだろう。「一億総中流社会」 であり、今のような格差もほとんど無かった時代である。
 


つまり、1965年から1985年の20年間で初任給は6倍(5.8倍)に膨れ上がったのである。
まさに高度経済成長そのものであった。
しかし、次の20年間(1985-2005)では1.4倍にも満たない205,000円になっただけである。
それどころか「失われた20年」の間に給料が1990年よりも下がり始めているのである。

経済の話をするのがこの欄の目的ではない。
そのような月給が3万円とか4万円(今の中国か?と思えるような)という時代の楽しみはステレオを聞くことくらいであった ような気がする。
FM放送の音質は良かったが、それがステレオになったときは正直びっくりした。まさに自分がコンサートホールにでもいるかの 錯覚を覚えるくらいの驚きでもあった。生まれたときからステレオを聴いている現代の若者にはその驚きは想像できないであろう。
当時23,24歳で会社の独身寮に住んでいた私は安給料でステレオを買うのはとてもとてもという時代であり、 下の写真で見る普通のステレオでも月給の2ヶ月分くらいの値段が ついていたのでとても一度で買えるものではなかった。そこでステレオチューナーだけを最初に買ったもののスピーカーを買う金が 無くしばらく はヘッドフォンでステレオを聴いていた。しかし、スピーカーから出る音を聴きたくなり 秋葉原に行ってステレオ用の25cmのスピーカーを裸で買ってきてブリタニカが百科事典を送るときに使った硬い丈夫なダンボール 箱を友人からもらってその中に25cmのスピーカーを入れて音楽を聴いた。
次のボーナスを待って秋葉原に行きスピーカーを入れる木製の箱を買って来てやっとスピーカーらしい形となり、音もまともな音で 聴けるようになった。ダンボール箱のスピーカーとは段違いの音がした。 


金のある人はこのようなステレオを持っていた時代
1970年頃のステレオはみなこのような大きいものが主流であった(幅1.5m、高さ0.9m)
私のようにバラでステレオを買う人間に対し、金持ちはステレオ3点セットを買っていた。つまり、左右にスピーカーが1台づつ あり、真ん中の箱(キャビネット)にチューナーとターンテーブルが入っていた。当時のテレビも木製のキャビネットに入っていた が、それと同じように「家具」としてステレオがリビングルームにでんと構えていたのである。
メーカーは家電メーカーもそろってステレオを販売していたが、私のようなばら売りを集めて使うコンポーネント派は家電メーカー 製のステレオよりも専門メーカーであるパイオニアとかトリオとか山水電気のステレオを好んで買った。
私も最初のチューナーは山水であったが、20代後半になってからはトリオに買い換えた。


月給3万円、4万円で海外旅行に行けるはずもなくスピーカーから流れ出る魅惑の曲を聴きながらまだ見ぬアメリカ、 ヨーロッパがどんなところだろうと夢にひたる1時間を与えてくれたのがこの番組「ジェットストリーム」だった。
番組を聴いている1時間は城達也のナレーションによる世界旅行の夢の中にいたのでした。

そんな夢を追っていた自分がタイやロスアンゼルス、ニューヨーク、ドイツ、そして又ニューヨークと移り住み、 今や外国暮らしが30年になってしまったのはこの番組と無縁とは言えないような気がする。
ジェットストリームで聴いた「霧のサンフランシスコ」と実際の現場の光景、ハリウッドのウィルシャー・ブールバード、 ニューヨークで聴いたムーンリバー(映画「ティファニーで朝食を」の曲)、パリのエッフェル

私が制作したジェットストリームはニューヨーク編とヨーロッパ編があります。
両方を見るにはウェブサイトから 
塔を見上げながら聴くシャンソン、 ロンドンのどんよりした天気の下で聴くビートルズもまあまあ、スイスアルプスの雄大さに見とれながら聴くアルペンホルンの音、 ドイツではソーセージをほおばり、バイエルンではお城めぐり、 ベルギーの小便小僧、オランダの風車など等、どこに行っても城達也のナレーションを思い出しながら眺めたものだった。
そのような青春の想い出をこめて制作したビデオ「ジェットストリーム」もたくさんの番組ファンに懐かしき 「時」を思い起こすと言われると創った甲斐があると思っている。

番組はFM放送なので飛行機が飛ぶわけはないがビデオは空想の世界である。 
 

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