大人になってまで喧嘩をするのはアホだと思うが子供時代にも喧嘩をしたことがない人間もそう多くは無いのではないだろうか?
では逆に「いじめに有っていたので、喧嘩どころではなかったのではないか?」と今の時代なら考えるだろうが
多少いじめた(からかい程度)ことはあるが、いじめられてたことは一度もない。
どの学校にもクラスにも「番長」みたいな悪ガキがいて4-5人で群れを作り肩で風を切って歩くのは昔も今も同じだと思う。私は中間派だったから
その群れからは一線を引き反発するでもなく従うでもない位置にいた。
しかし、初恋からみで女生徒との仲を冷やかされたことはあった。でも、その子とは話もしたことが無いほどの仲だった。
話もしたことが無いなら仲が悪かったのだろうと思うかもしれないが、そうではない。 お互いが意識はしているが
次の一歩が踏み出せない状況だったのだ。早い話が「晩生」(おくて)ということ。
昔も今も学校やクラスの中には悪(わる)がいる。
いきがって格好をつける者はいつの時代にもいるだろう。 それらの悪に共通していることがひとつある。
それは決して秀才ではないことだ。
今流に言えば落ちこぼれがひねくれて悪になっている。
落ちこぼれとまでいかない者でも「寄らば大樹の陰」ではないがワルの腰ぎんちゃくをしていれば逆の意味で安全ということもある。
他からいじめられないであろうという保険みたいなものだ。
自分は極普通の生徒だった。強いて言わせてもらえば通信簿の査定点数をいれる欄が国語から始まって
算数、理科、社会と続くが全部で8つくらいあったような気がするが、体育と音楽がいつも3で、その他は悪くて4、半分以上
は5だった。
体育だったか音楽だったか、一度2を付けられた記憶がある。学校の先生も見るところは結構見ているのである。
運動会のかけっこでは良くてブービー、半分くらいはビリだった。
音楽はどちらかというと音痴(55%)だと自分でも思う。
田舎のことなので塾なんかありはしない。 塾どころか家に帰ってから復習をするなどということはなく、宿題があるときは
しかたなくそれをするくらいのものだった。勉強と言えば先生の話を聞いているだけだった。
ワルの仲間が寄ってきても無視するでもなく、かといって相手をするでもなく、上手く交わしていたように思う。
そのような生徒だったからワルの親玉格の生徒とはほとんど話をしないまでもその手下との付き合いというか話し相手
くらいはしていた。
それも当然のことだが対等の立場で話をしていた。仲間に入るでもなければ疎外するでもなかった。 時たま親分格の
者が話しかけて来ても同じだった。
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