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いつかは政治の世界にでてくるはずという国民の希望と観測がありましたが39歳の歳までそのそぶりも見せず多数の人々をやきもき
させていました。
1996年に36歳で結婚しましたが、3年後99年、39歳の時にロバート・ケネディー元司法長官の末娘の結婚式に参列するため
ニュージャージー州の自家用機専用のフェアーフィールド空港から自家用機を操縦してボストン近郊を目指して離陸しましたが、
目的地の空港に到着する前に墜落して海中へ沈んでしまいました。
妻のキャロリンとその姉のローレンもこのとき同乗していたために事故死してしまいました。
その事故の当日、私はドイツ行きの飛行機の中にいましたがほとんどの乗客はそのニュースを知りませんでした。
私が隣の席の客にその話をすると驚きのあまり「絶句」状態だったのを覚えています。
もちろんのこと、空港へ行く途中のラジオのニュースでそれを知った私も驚きのあまり鳥肌がたったのを覚えている。
彼の父親、ケネディー大統領が暗殺されたのが1963年。当時私は12歳、小学校5年か6年の時であった。
群馬の片田舎で生まれ育った私が教科書で学んだこと以外で外国のことを知った(つまりニュースで)最初の事柄がこのケネディー大統領が暗殺されたニュースであった。
そういう意味では私の年代の人々にとってはケネディー家とは特別な存在でもある。
姉のキャロライン・ケネディーはやはり弁護士資格を持ちますがユダヤ系の繊維業者の息子でデザイナーをしている
エドウィン・シュロスバーグと結婚して現在に至っています。 しかし、すでに52歳に近い年齢を重ねているし、政界初出馬となると
本人も尻込みをすると思います。 それに周りの期待とは裏腹にそのような欲も無いと思いますが・・・
2009年1月21日現在 CNNテレビ等が「キャロラン・ケネディーが上院議員選挙に立つ」などと報じています。
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